個展「Ghost」Art-U room

2月の個展「Ghost」(Art-U room/表参道)の初日、

2月11日14時からは芸術人類学者である中島智氏とトークをします。

中島さんとは友人の紹介でおそらく出会ったのは約10年前。
発言が面白く、アーティストをわかってくれているなという感じがすごくしていたんです。

その後もtwitterやFBでの投稿を見ていて、たくさん共感を得ることがあったので、今回、無理言ってトークをしていただけることになりました。

中島さんは芸術人類学者、芸術人類学というのは
人類に発生した「心」の起源に迫る野生のサイエンス。
人文諸学の再構築を目的とした芸術と人類学の創造的な融合した学問らしいです。

『文化の中の野生』という本も出されています。
https://www.amazon.co.jp/文化のなかの野性―芸術人類学講義-中島-智/dp/4329004100

アーティストの方もアートをどうやってみたらいいんだろうと疑問の方も、なんとなく気持ちがすっきりするトークができたらと思っています!そのあとはオープニングレセプションです。
ぜひ、ご高覧いただければ幸いです。

稲垣智子「Ghost」
会 期:2017 年 2 月 11 日(土・祝)~ 3 月 5 日(日)
火 – 土 12:00-19:00 日曜 12:00-17:00 月休
会 場: Art-U room
渋谷区神宮前 5-51-3 ガレリア 3F
http://www.art-u-room.com/exhibitions

 

2017年春の展覧会情報です。

2017年もはじまり、10日も経ってしまいました。

今日は十日戎ですね。この日が来ると毎回、お正月の終わりとすでに一年が10日も経ってしまうといった時間の流れの速さを感じます。

今年春の展覧会情報です。

しっかり準備しなければ!

2月

■ 2/9(木)-26(日)

Screening「Melting Point2」

MEM/Tokyo 恵比寿映像祭関連企画 http://mem-inc.jp

 

■ 2/11(土)-3/5(日)

個展 「Ghost」

Art-U room/Tokyo, レセプションとトーク: 2/11(土)

http://www.art-u-room.com

 

■ 2/11(土),12 (日)Art Fair「Art in PARK HOTEL Tokyo」

The Third Gallery Ayaのブースから映像作品を出品します。

http://www.aipht.artosaka.jp

3月

■3/11-20

グループ展「竹xアートとのであい」@愛彩ランド/岸和田

 

 

2017年明けましておめでとうございます

2017年明けましておめでとうございます。

2016年は影響力のあるたくさんの方々、デヴィッド・ボーイ、プリンス、蜷川幸雄、ムハマド・アリ、カストロが亡くなった年であり、

そして、アメリカの大統領選ではトランプ氏が選ばれるなど、時代が変わっていく予感がしました。

私、個人的にもいいことも悪いこともありました。

私の中では久しぶりに15年ぶりにイギリス、そしてレジデンスで一年住んでいたドイツに再び展覧会で行けたことは本当に素晴らしいことでした。

数年、日本に住んでいることで、在欧していた時とは違う自分の変化を感じました。

2017年、皆さんはどんな年にしたいでしょうか?

私は2017年のresolutionを立てました。

もちろんアートを追求すること。もっとおたくになってもいいかなと。

そして、積極的に意志を持っていくということに注意をしたいと思います。

2017年が皆様にとって良い年、実りのある年となりますように!

毎年、初参りは、私の描いた壁絵と父の描いた天井画のある薬師院に行くことにしています。
新年っぽく装飾されたお寺の門。鳥居、扉の梅、お堂内部には蓮の花を描きました。
高野山真言宗 薬師院

予告。稲を植える人、再び。

One Day I Meet…
Video Installation, 2007

「稲を植える人」とは、

「稲を植える」というのは間違ったいいかたなんですが、

私、稲垣智子の「稲」と植松琢麿さんの「植」の一字ずつをとってつけたアーティストユニット名です。
そして、私たち2010年ぶりに作品制作を再開です。
この自然あふれる写真の場所に作品作る予定。
実は丘の上にサイズ感として植松くんが立っています。

さぁ、来年春初旬に向けて作品制作です。
このHPでも告知をしますので、ぜひ見ておいてくださいね。

 

2007年に結成された美術家、稲垣智子と植松琢麿によるアーティストユニット。別々の美術家として作り上げてきたものを一旦おき、二人の可能性をお互いに引き出しあいながら、既成のメディアにとらわれず制作する。異なるコンセプトと手段を持つ者が互いの思考に出会い、実験的な表現を模索しながらファンタスティックな世界を築きます。

個展に、2009‘One Day I meet…’( hpgrp Gallery, 東京)‘One Day I meet… vol.2’ NADiff a/p/a/r/t,東京)グループ展に、2007‘I meet…’, CASO, 大阪)2008‘Bains Numeriques #3’, Centre des Arts Enghien les Bains,フランス)‘Talk & Exhibition 2008 – Video Art Activities’,Ox Warehause ,マカオ)2009 “Spooky Action at a Distance”,Black and Blue Gallery,シドニー)2010 “The God of The Small Things” Casa Masaccio Centro Per L’Art Contemporanea、イタリア)

稲を植える人のHP

稲垣智子HPより
植松琢麿HPより

君の名は

「君の名は」を見ました。

アニメーションが圧倒的に美しかった。風景や空の美しさは秀逸でした。

その描写を完成するのに、どれぐらい人の努力がかかっているのかと思って感動しました。

さて、美術という分野には何が残っているのだろうか?

お金のない美術の世界には、これだけの技術とこんなにたくさんのスタッフを使う事はできない。

その中でアーティストたちは、違う形を持って、いらないものをそぎ落として人の心に触れるようなものを作らなければいけない。

そう思わせてくれるいい映画でした。

Biennale Internationale de l’Art Contemporain de Casablanca

北アフリカの北西部に位置するモロッコのカサブランカで行われる第3回カサブランカインターナショナルビエンナーレに出品します。

Biennale Internationale de l’Art Contemporain de Casablanca

14-23 Oct. 2016

http://www.biennalecasablanca.ma

出品作品は2014年、アメリカのヴァーモントスタジオで作った映像インスタレーション「Moon」です。今回は作品だけの招待です。

moonweb2

ヴァーモントスタジオでの展示の様子。右側の窓二つ分のところが私のスタジオでした。右から二番目の窓から見えるのが映像「Moon」です。

moonwebそしてこちらがスタジオの中から見たところ。スタジオが広く天井が高かったので、月らしさが出ました。ちなみに映像は宿泊していたお部屋で撮りました。

ヴァーモントでは、自分が設置をしたので、思った通りできますが、今回のように作品だけが招待される場合は、インスタレーションの指示書というものを書きます。

映像はどれぐらいの大きさで投影するのか、下から何センチとか、こう意図があるのでこのように見せたいなどなどです。

作家はどんな風に展示されているのかわからないので、少し心配なのですが、突き放してしまうのもたまにはいいでしょう。

作品自体が頑張ってくれていることを願います。

photo by Howard Romeo

西と東

9月です。もう直ぐ9月11日。9.11はもう15年も前になってしまったのですね。

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件のWTCが突入されたのを日本でニュースで見ました。
2001年、8月末に私はイギリスの大学に卒業して帰国したばかりで、今更ながら大学卒業直後に起こった9.11は私にとって大きな事件であり、これからの世界を見つめていくのに、重要な要素になってしまうのだと考えたりしてしまいます。

私が留学をしていた1997年から2001年のイギリスというのはYBA(Young British Artist)最盛期の後で、まだまだYBAを輩出したゴールドスミスカレッジも元気で、イギリスのアート自体も生き生きとしていて、とりわけロンドンにいることは刺激的でアートに触れた毎日を過ごすことができました。
そこで学んだことは今でも自分の中に息づいています。

その後、日本に戻ってきてからは、レジデンスや展覧会で海外を行ったり来たりすることはあっても、基本的には、日本人で日本在住のアーティストという意識は強くなりました。

そうすると、日本で生活をしていると、作家として、自分が日本に住んでいること、そして日本人であることの意味を考えます。
TheDayItIsRainingThe Day It Is Rainingのスケッチ
この世界地図は日本から見たものです。
イギリスの世界地図では日本は本当に極東。

最近、北京に15年滞在して帰ってきた日本人パフォーマンスアーティストとお話しする機会がありました。

その人と話していて面白かったのは、中国では道教の考え方が根強いこと(これは想像できますね)
そして、文化人の違いです。

中国では優れた人は前に出ないことが多く、社会的にならずに、隠遁してしまうらしいのです。その上、何もしないというか、何も作らない人になるようです。

突っ込んで聞いてみると、中国では自身の個性を打ち出したり、アイデンティティについて考えたりすることは西洋のようには強くはない感じでした。

もう一つは、作品制作においては、コンセプトよりも、気というかエネルギーを意識することがあるそうです。

それを聞いていると日本のアートというのは、過去に受け継いだ中国の文化をベースに、さらに今、西洋寄りになっていて、感覚の世界と理知的な世界の間で宙ぶらりんになっている気がしました。

あと面白かったのは書道は、中国では健康法として始める人もいるらしいです。つまり気の世界らしいです。

中国では芸術においてまた違う世界が繰り広げられているようです。

中国にはあまり興味がなかったのですが、このパフォーマンスアーティストのお話しを聞いてグッと中国に興味が湧いてきたのでした。

 

秋の始まりと詩

9月1日、秋の始まり、月の始まり、そして、今日は新月だそうです。

何かを始めるのに良さそうです。

私は、この秋は読書をします。詩を読みます。

きっかけは夏に見た東京国立近代美術館の声ノマ 全身詩人、吉増剛造展。

最近見た展覧会で一番心に残った。
でも展覧会では、詩がビジュアルに重きを置かれていて、私自身も展覧会では詩はほとんど読んでいません。

どちらかというと詩を感じる展覧会でした。

五感を通じて、詩の強さと、言葉と文字自体や写真や映像、ビジュアルへの展開にパワーを感じ興味を持ちました。

展示には日記もありました。
その中で目を引いたのは文字でした。
20代の頃の日記の特徴のない書体と大きさの文字。

そして、現在の2mmほどの大きさで書かれた極小文字への経緯に関心が行きました。

その文字を目にした時に、文字自体が詩を書くというか、詩を生み出していることもあるんじゃないかなと思いました。

そおうでなくても、彼の文字は、文字以上であることは展覧会を通して見えてきたのでした。

その後、宮沢賢治にも興味が湧く出来事がありました。つい最近は、友達の紹介で、ポルトガル人の詩人に出会いました。

なんとなく詩との出会いが出てきた。だから、この秋は詩にフォーカスをしてみます。

小学校高学年の時、詩の家庭教師を付けてもらいました。私にとって後にも先にも家庭教師はその一人でしたが、詩の家庭教師って今から考えれば不思議なものですね。

家庭教師は多分文学と絵が好きな頭の良い学校に通う高校生でした。詩を書いて、読んでもらったりしていました。

今から思えば、小学生の私は詩の何に惹かれていたんだろうと考えます。

家庭教師をつけてくれた父でした。父は画家で、むしろ父も詩に惹かれていたんじゃないかなと思います。

小学生だった私が何に惹かれていたのか、詩を読んで思い出すかもしれない。

そんなことも考えながら、ゆったり詩を読む、熟成していく秋にします。

tree

 

 

神秘的な光景

登山について前回書きましたが、富士山に8/23,24に行ってきました。

前日は台風が来て飛行機が欠航している状態だったので、富士山にたどり着けるのかという状況ながら、富士山五合目に到着することができました。

初心者にもまだとっかかりやすい吉田ルートを13時ぐらいにスタート。
一人登山のため、心配なのは、天気、高山病、怪我です。
慎重で、高山病にならない呼吸法をネットで調べて実践をしたのと、急がずにペースに気をつけました。

今まで練習のため登山した緑豊かな低山と違って、富士山は緑は少なくほぼ土や岩のみで、教皇が高いだけあって雲海が下に広がります。
その光景にさすが霊山、毎年来てもいいな、なんてのどかに思いました。

そして、2時間~3時間登山後、7合目の山小屋に宿泊をしました。

山小屋で仮眠し、0時半起床、再び登山開始です。
平日だったので人も少なく、真っ暗の中、ヘッドランプのみが頼りですから、登山道がわからなくなるところもありました。
延々と続く急な坂の岩山を登り、高山病(?)になって休んでいる人たちもおり、自分のペースに気をつけて、長い長い道のりを進みました。
すっかり「毎年富士山」への思いは消えました。

ペースを考えたら頂上に着いてからのご来光を拝むのは無理かなと思っていました。
5時過ぎにご来光予定で、途中の山小屋で「山頂まで何時間かかるか」と聞いてみたら、「1時間半」と言われ、
その時点ではご来光まで1時間15分しかありませんでした。

急ぐのは良くないので仕方がないと思いながら、あきらめずに自分のペースで進んでいると、なんとかご来光前に頂上に到着することができたのです。
ところが、残念なことに山頂ではご来光の直前に霧が立ち込めました。
待っていた人たちもがっかりでした。
「もうご来光は無理だ」、「早く降りよう」とか、「ラーメン食べよう」など、すでに諦めている状態でした。

それでも霧の中をずっと見つめていたら、そうしたら、ゆうっくりと光のかけらみたいなものがちょこっと見えて、ゆるりゆるりとお日様が現れたのです。
霧のヴェールをまとい、その丸い形を完全に表すと霧のもやを金色に輝かせました。
霧の紗を通して見えるお日様はなんとも上品で神聖で、後ろに仏様がついでに現れてもいいぐらいおかしくないくらい神々しく、
これがそれでも現実なんだと驚かせてくれるほど美しい光景でした。しばらくすると、しっかりお日様は太陽らしくなり、青空にさんさんと輝き始めました。

sunshine2
ご来光の美しさは写真には撮れなかったので、

日が昇った後の富士山

私も、日常らしい太陽になったお日様が目にまぶしすぎるようになってから、お鉢巡りをして、
山の天気らしく今度はころっと変わって、雨が降り出し、雨の中、下山をしたのでした。
辛かったのでもう二度と来ないぞと思いながら。

山に登る

低山ばかりですが、この夏は山に登っています。
全くアウトドアではない私が、いきなりなぜ山に登るのか。
今年は富士山に登りたいと思いたったからです。

mountain

登山をしたこともない私がこの突然の大きな目標を思い立ち、1週間後には富士山に登る予定を立ててしまいました。何も知らなかったので、ツアーではなく一人登山で山小屋を予約しました。

さてさて、登山予定の1週間後に、静岡に赴いたら富士山は雨。登山超初心者の私には雨の中登ることは拷問と思われ、山小屋を宿泊日変更をし、富士登山を一ヶ月延ばしました。

この延長が良かった。なぜかというと、登山の練習が一ヶ月間出来ることになったからなんです。この間に少しずつ山の高さを上げていって最後に富士山という計画を立てました。

この一ヶ月間の登山練習のように、私にとって身体能力を高める計画を立てたことが今までなかった。

つまり、美術制作にしてもこのように計画的に何かの能力を伸ばしていくような考え方がなかったんです。今回のおかげで計画を立てて高めていく方法があると知ることができたのです。(芸術能力が高められていくということが計画的に出来るかということは別として、組み立てられるということはできるかもしれません。)

他の分野で何かをするということによって気付かされることもあるものです。

あと、登山によって、もう一つ気付いたのは場所による視覚、視点の違い。インスタレーションや映像制作では空間の広さがとても重要です。

私は日本のほどほどの都市の郊外に住み制作をしてるので、やはりそういう環境のもとで育った空間感を持っています。

作品において、ビジュアルにおける奥行きがどうしても浅い感じになります。それはもともと持っている空間感であり、意図したことでもあります。山で感じたのは、日本の山の環境は狭くて、深い。この狭さヨーロッパやさらに広いアメリカとは違って、日本独自でもあると思ったんです。この環境を体感しました。

体感できる経験というのは、いろんな方向に響くものです。

山についての作品はないのですが、山には何度か作品のために録音に行ったことがあります。

一つは「オアシス (2005)」という作品の鳥の鳴き声などのオアシス的な音。

もう一つは「赤い部屋の森の夜(2005)」という作品の走り回る音。

人工的な音が入らないように、山に来ているのに、車の音や工事音など、どこでも人工的なものが入り込むものだと思ったものでした。