小説家と美術家

小説家、吉村萬壱さんの10月に講演に行きました。

吉村さんとは2014年に岸和田で行った展覧会「ただいま。カーネーションと現代美術」に出品していただいた縁が始まりです。

novel

ただいま。カーネションと現代美術。」展の展示の様子

左端が吉村萬壱さんの世界。ちなみに右側は永井英男さんの作品

吉村さんは小説家の机というか頭の中的なインスタレーションを展示。

どろどろダークなドローイングの量に圧倒されました。

この展覧会でご一緒して、吉村さんがとても面白い人だというのはわかってはいたのですが、つい最近の講演は本当に面白くて爆笑でした。

「ただいま展」でも講演をしてもらったけれど、ここまで面白かったっけ?
もしかして、トークがさらに上手くなってるんじゃないかなと思いました。

吉村さんが話したのは小説家の本音というか、正直なところ、クリエーターの派手なように見えて実は地味さ、執筆の辛さ、もうからなさが吉村さんの自虐トークによってすべてが笑いに落とし込まれていました。

私も創作する者として、自分のことのように共感することが多々ありました。

自由な生活も三ヶ月で飽きるとか、作品が出てこない時の辛さとか!

吉村さんが専業小説家になったのは2014年、ちょうど私たちの展覧会にドローイングインスタレーションで参加してくれた年でした。

そしたら、それから2年後のつい最近、吉村さん、「流しの下のうーちゃん」って漫画本を出版されたんです。しかも、つげ義治の再来って書かれちゃうんですからすごいことです。

吉村さんのトーク、ドローイングのどちらの成長を目の当たりにして、じつは本当に本当に毎日の地味なコツコツなんだと思ったのでした。

君の名は

「君の名は」を見ました。

アニメーションが圧倒的に美しかった。風景や空の美しさは秀逸でした。

その描写を完成するのに、どれぐらい人の努力がかかっているのかと思って感動しました。

さて、美術という分野には何が残っているのだろうか?

お金のない美術の世界には、これだけの技術とこんなにたくさんのスタッフを使う事はできない。

その中でアーティストたちは、違う形を持って、いらないものをそぎ落として人の心に触れるようなものを作らなければいけない。

そう思わせてくれるいい映画でした。

感謝

アーティストでいることは、作品を作る過程において、本当にたくさんの方の好意をいただいていると思う。

どの作品にも何人かの手が関わっていて、十分に感謝しきれていないことはたくさんあると思う。

2004年に私は「春」という作品を作ったのだけれど、

この作品はとても大掛かりで、たくさんの人や組織の人たちに助けていただいた。

力を注いで制作した。本当に向こう見ずな制作だった。

終わってへとへとですっかり脱力してしまい、十分なお礼などできなかったと思うのだけれど、今でも感謝しているし、よく思い出す。 
spring1その作品の時に、造花の協力をしていただいた大阪のディスプレイの会社の女性ですが、

大量の造花をなんとか手に入れたかった私は、コストがかかりすぎるのでなんとかできないかということで、その会社にお話をしに行った。

担当してくれた女性は、しっかり私の話を聞いて、作品の説明を聞いて、その思いに対して泣いてくれた。

私の想いなんかより、その人が泣いて、その人の中にできたものがどんなに素晴らしいんだろうと今でも思うのです。

そして、私は今でも作品を通してその人にお礼ができているのだろうかということも。

作品ごとに、展覧会ごとに、たくさんの人の無償の親切があって成り立っている。

作品できた時より、しばらくおいて私は感謝できることが多い。

この機を借りて、たくさんの人々にありがとうと伝えたい。

アーティストの日々の制作

アーティスト、美術家には様々な日々の制作方法がある。
アーティストが何人かいるようなレジデンスだと、他のアーティストがどのようなペースで制作しているのかがわかってとても面白い。
何時に起きて、何時から制作するのか、そして、どういうこだわりがあって、どのような1日を過ごしているのかなどなど。

小説家ですけれど、村上春樹さんの制作スタイルはエッセイなんかでもよく書かれているから知っている人も多いでしょう。

彼は、4時起床、起きてすぐに9時から10時まで小説を書く。それから1時間ジョギング。その後、翻訳なんかをして、午後2時からは自由らしい。

良い作品を生み出し続ける秘密があるような生活習慣。

ここまでハードな制作スタイルなアーティストにはまだ会ったことはないけど、レジデンスであった他の作家さんたち、知り合ってどのように日々制作しているのか聞いてみた作家さんたちの制作スタイルを覚え書きしてみました。

コツコツ毎日タイプの作家さん以外のみ載せました。

・40代、大きなプロジェクト系のアーティスト、朝はドローイングしたり、自由に制作。午後からはプロジェクトに取り掛かる。

・70代のパフォーマンスもするアーティスト、朝ごはんの前に必ず制作。

・50代、画家、1日3〜4時間絵を描く。

・50代、小説家、夜中書く。

・40代、画家、日中は会社員、家に戻ったら寝る。そして、4時頃に起きて通勤間で描く。

・80代、大きな作品を作るアーティスト。毎日制作するわけではない。思い立った時。

・40代、パフォーマンスアーティスト。日々、本を読んだり、アートについて考えて入るけれど、特には…

・展覧会やプロジェクトがあれば作る。(数人)

以上

「展覧会やプロジェクトがあれば」タイプは、その数によって、結果的に毎日コツコツとなっている作家もいます。
少ない場合は一年に一回制作となる場合もあるんじゃないかな。

20161008

これは作業中画像。
ドイツの個展より戻ってきた作品たち。

そして、私はというと、一番最後のタイプなんですが、日々の制作もしようと、自分との闘いです。できない日とできる日と。
かなりやったと思う日もあると、次の日全然だったりして。

最後にマザーテレサさんの言葉。

『思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。』

 

 

 

Biennale Internationale de l’Art Contemporain de Casablanca

北アフリカの北西部に位置するモロッコのカサブランカで行われる第3回カサブランカインターナショナルビエンナーレに出品します。

Biennale Internationale de l’Art Contemporain de Casablanca

14-23 Oct. 2016

http://www.biennalecasablanca.ma

出品作品は2014年、アメリカのヴァーモントスタジオで作った映像インスタレーション「Moon」です。今回は作品だけの招待です。

moonweb2

ヴァーモントスタジオでの展示の様子。右側の窓二つ分のところが私のスタジオでした。右から二番目の窓から見えるのが映像「Moon」です。

moonwebそしてこちらがスタジオの中から見たところ。スタジオが広く天井が高かったので、月らしさが出ました。ちなみに映像は宿泊していたお部屋で撮りました。

ヴァーモントでは、自分が設置をしたので、思った通りできますが、今回のように作品だけが招待される場合は、インスタレーションの指示書というものを書きます。

映像はどれぐらいの大きさで投影するのか、下から何センチとか、こう意図があるのでこのように見せたいなどなどです。

作家はどんな風に展示されているのかわからないので、少し心配なのですが、突き放してしまうのもたまにはいいでしょう。

作品自体が頑張ってくれていることを願います。

photo by Howard Romeo

西と東

9月です。もう直ぐ9月11日。9.11はもう15年も前になってしまったのですね。

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件のWTCが突入されたのを日本でニュースで見ました。
2001年、8月末に私はイギリスの大学に卒業して帰国したばかりで、今更ながら大学卒業直後に起こった9.11は私にとって大きな事件であり、これからの世界を見つめていくのに、重要な要素になってしまうのだと考えたりしてしまいます。

私が留学をしていた1997年から2001年のイギリスというのはYBA(Young British Artist)最盛期の後で、まだまだYBAを輩出したゴールドスミスカレッジも元気で、イギリスのアート自体も生き生きとしていて、とりわけロンドンにいることは刺激的でアートに触れた毎日を過ごすことができました。
そこで学んだことは今でも自分の中に息づいています。

その後、日本に戻ってきてからは、レジデンスや展覧会で海外を行ったり来たりすることはあっても、基本的には、日本人で日本在住のアーティストという意識は強くなりました。

そうすると、日本で生活をしていると、作家として、自分が日本に住んでいること、そして日本人であることの意味を考えます。
TheDayItIsRainingThe Day It Is Rainingのスケッチ
この世界地図は日本から見たものです。
イギリスの世界地図では日本は本当に極東。

最近、北京に15年滞在して帰ってきた日本人パフォーマンスアーティストとお話しする機会がありました。

その人と話していて面白かったのは、中国では道教の考え方が根強いこと(これは想像できますね)
そして、文化人の違いです。

中国では優れた人は前に出ないことが多く、社会的にならずに、隠遁してしまうらしいのです。その上、何もしないというか、何も作らない人になるようです。

突っ込んで聞いてみると、中国では自身の個性を打ち出したり、アイデンティティについて考えたりすることは西洋のようには強くはない感じでした。

もう一つは、作品制作においては、コンセプトよりも、気というかエネルギーを意識することがあるそうです。

それを聞いていると日本のアートというのは、過去に受け継いだ中国の文化をベースに、さらに今、西洋寄りになっていて、感覚の世界と理知的な世界の間で宙ぶらりんになっている気がしました。

あと面白かったのは書道は、中国では健康法として始める人もいるらしいです。つまり気の世界らしいです。

中国では芸術においてまた違う世界が繰り広げられているようです。

中国にはあまり興味がなかったのですが、このパフォーマンスアーティストのお話しを聞いてグッと中国に興味が湧いてきたのでした。

 

秋の始まりと詩

9月1日、秋の始まり、月の始まり、そして、今日は新月だそうです。

何かを始めるのに良さそうです。

私は、この秋は読書をします。詩を読みます。

きっかけは夏に見た東京国立近代美術館の声ノマ 全身詩人、吉増剛造展。

最近見た展覧会で一番心に残った。
でも展覧会では、詩がビジュアルに重きを置かれていて、私自身も展覧会では詩はほとんど読んでいません。

どちらかというと詩を感じる展覧会でした。

五感を通じて、詩の強さと、言葉と文字自体や写真や映像、ビジュアルへの展開にパワーを感じ興味を持ちました。

展示には日記もありました。
その中で目を引いたのは文字でした。
20代の頃の日記の特徴のない書体と大きさの文字。

そして、現在の2mmほどの大きさで書かれた極小文字への経緯に関心が行きました。

その文字を目にした時に、文字自体が詩を書くというか、詩を生み出していることもあるんじゃないかなと思いました。

そおうでなくても、彼の文字は、文字以上であることは展覧会を通して見えてきたのでした。

その後、宮沢賢治にも興味が湧く出来事がありました。つい最近は、友達の紹介で、ポルトガル人の詩人に出会いました。

なんとなく詩との出会いが出てきた。だから、この秋は詩にフォーカスをしてみます。

小学校高学年の時、詩の家庭教師を付けてもらいました。私にとって後にも先にも家庭教師はその一人でしたが、詩の家庭教師って今から考えれば不思議なものですね。

家庭教師は多分文学と絵が好きな頭の良い学校に通う高校生でした。詩を書いて、読んでもらったりしていました。

今から思えば、小学生の私は詩の何に惹かれていたんだろうと考えます。

家庭教師をつけてくれた父でした。父は画家で、むしろ父も詩に惹かれていたんじゃないかなと思います。

小学生だった私が何に惹かれていたのか、詩を読んで思い出すかもしれない。

そんなことも考えながら、ゆったり詩を読む、熟成していく秋にします。

tree

 

 

神秘的な光景

登山について前回書きましたが、富士山に8/23,24に行ってきました。

前日は台風が来て飛行機が欠航している状態だったので、富士山にたどり着けるのかという状況ながら、富士山五合目に到着することができました。

初心者にもまだとっかかりやすい吉田ルートを13時ぐらいにスタート。
一人登山のため、心配なのは、天気、高山病、怪我です。
慎重で、高山病にならない呼吸法をネットで調べて実践をしたのと、急がずにペースに気をつけました。

今まで練習のため登山した緑豊かな低山と違って、富士山は緑は少なくほぼ土や岩のみで、教皇が高いだけあって雲海が下に広がります。
その光景にさすが霊山、毎年来てもいいな、なんてのどかに思いました。

そして、2時間~3時間登山後、7合目の山小屋に宿泊をしました。

山小屋で仮眠し、0時半起床、再び登山開始です。
平日だったので人も少なく、真っ暗の中、ヘッドランプのみが頼りですから、登山道がわからなくなるところもありました。
延々と続く急な坂の岩山を登り、高山病(?)になって休んでいる人たちもおり、自分のペースに気をつけて、長い長い道のりを進みました。
すっかり「毎年富士山」への思いは消えました。

ペースを考えたら頂上に着いてからのご来光を拝むのは無理かなと思っていました。
5時過ぎにご来光予定で、途中の山小屋で「山頂まで何時間かかるか」と聞いてみたら、「1時間半」と言われ、
その時点ではご来光まで1時間15分しかありませんでした。

急ぐのは良くないので仕方がないと思いながら、あきらめずに自分のペースで進んでいると、なんとかご来光前に頂上に到着することができたのです。
ところが、残念なことに山頂ではご来光の直前に霧が立ち込めました。
待っていた人たちもがっかりでした。
「もうご来光は無理だ」、「早く降りよう」とか、「ラーメン食べよう」など、すでに諦めている状態でした。

それでも霧の中をずっと見つめていたら、そうしたら、ゆうっくりと光のかけらみたいなものがちょこっと見えて、ゆるりゆるりとお日様が現れたのです。
霧のヴェールをまとい、その丸い形を完全に表すと霧のもやを金色に輝かせました。
霧の紗を通して見えるお日様はなんとも上品で神聖で、後ろに仏様がついでに現れてもいいぐらいおかしくないくらい神々しく、
これがそれでも現実なんだと驚かせてくれるほど美しい光景でした。しばらくすると、しっかりお日様は太陽らしくなり、青空にさんさんと輝き始めました。

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ご来光の美しさは写真には撮れなかったので、

日が昇った後の富士山

私も、日常らしい太陽になったお日様が目にまぶしすぎるようになってから、お鉢巡りをして、
山の天気らしく今度はころっと変わって、雨が降り出し、雨の中、下山をしたのでした。
辛かったのでもう二度と来ないぞと思いながら。

山に登る

低山ばかりですが、この夏は山に登っています。
全くアウトドアではない私が、いきなりなぜ山に登るのか。
今年は富士山に登りたいと思いたったからです。

mountain

登山をしたこともない私がこの突然の大きな目標を思い立ち、1週間後には富士山に登る予定を立ててしまいました。何も知らなかったので、ツアーではなく一人登山で山小屋を予約しました。

さてさて、登山予定の1週間後に、静岡に赴いたら富士山は雨。登山超初心者の私には雨の中登ることは拷問と思われ、山小屋を宿泊日変更をし、富士登山を一ヶ月延ばしました。

この延長が良かった。なぜかというと、登山の練習が一ヶ月間出来ることになったからなんです。この間に少しずつ山の高さを上げていって最後に富士山という計画を立てました。

この一ヶ月間の登山練習のように、私にとって身体能力を高める計画を立てたことが今までなかった。

つまり、美術制作にしてもこのように計画的に何かの能力を伸ばしていくような考え方がなかったんです。今回のおかげで計画を立てて高めていく方法があると知ることができたのです。(芸術能力が高められていくということが計画的に出来るかということは別として、組み立てられるということはできるかもしれません。)

他の分野で何かをするということによって気付かされることもあるものです。

あと、登山によって、もう一つ気付いたのは場所による視覚、視点の違い。インスタレーションや映像制作では空間の広さがとても重要です。

私は日本のほどほどの都市の郊外に住み制作をしてるので、やはりそういう環境のもとで育った空間感を持っています。

作品において、ビジュアルにおける奥行きがどうしても浅い感じになります。それはもともと持っている空間感であり、意図したことでもあります。山で感じたのは、日本の山の環境は狭くて、深い。この狭さヨーロッパやさらに広いアメリカとは違って、日本独自でもあると思ったんです。この環境を体感しました。

体感できる経験というのは、いろんな方向に響くものです。

山についての作品はないのですが、山には何度か作品のために録音に行ったことがあります。

一つは「オアシス (2005)」という作品の鳥の鳴き声などのオアシス的な音。

もう一つは「赤い部屋の森の夜(2005)」という作品の走り回る音。

人工的な音が入らないように、山に来ているのに、車の音や工事音など、どこでも人工的なものが入り込むものだと思ったものでした。

禅と呼吸とアート

2007年にフランスのアーティスト・イン・レジデンスから帰ってきた時に、これはイギリスから帰ってきた時もそうだったのですが、やはり日本をもっと知りたいと思うようになりました。

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「嘔吐」 2007  映像インスタレーションの映像部分

もう一つ、アートの世界が主流の欧米では言葉がとても大切なのだけれど、日本のアートというのは言葉で説明できないところを大切にしている。

そして、日本を知るという意味も含め、日本の文化に多大な影響を与えた禅に興味を持ったのと、禅を言葉でもってアメリカで有名にした鈴木大拙氏の本を読むことから始めることにしたのです。

鈴木大拙の事を知ったのは留学時にイギリス人の親友が読んでいたのを覚えていたからです。

禅は言葉ではなく、座禅をしなければ始まらないのですが、これはアート、きっと他のことに置き換えても、可能だと思い、言葉で表現できにくいことをどう納得させ、説明するのかということを学ぼうと読み始めました。

それが、研究というか知識だけ得るつもりだったのが、鈴木大拙氏の巧みな文章の魅力にはまり、座禅自体に興味を持ち、座禅を実践をすることにしたのです。

禅宗の各宗派の座禅会に顔を出したり、本を出しているようなお坊さまのお話を聞きに通ったり、そのうち、禅宗だけではなく、いろいろな宗派のお寺の法話にも参加したりするようになりました。

そんなこんなをしているうちに、実家のお寺さんに、そんなに仏教に興味があるなら、お釈迦様が行っていたヴィッパサナ瞑想というのがあるから行ってきたらいいと言われ、いきなり10日間の合宿に参加したのでした。

合宿にはなんの情報もないまま好奇心で行ったのですが、場所は駅から離れたバス停からさらに車でしか行けない逃げられそうもないところだし、10日間誰とも話してはいけないし、アート関係者しか知らない私にしてみれば参加者はインドっぽいカッコをしているし、変な宗教に来てしまったんじゃなかと最初はびっくりしたものでした。

それが10日間やってみると、すごく良かったんです。

修行みたいな状況が嫌ではなかったようで、毎日瞑想ばかりの毎日も苦ではなく、終了後には、頭がすっきりして、集中力がついたのです。その上、心も綺麗になった気がしました。
それから瞑想はいいものだと思うようになりました。

それでも、毎日の瞑想は習慣までにはならず、ヴィッパサナも続けたり、続けていなかったり、それでもなんとか数年、ダラダラと何とか続けていくうちに瞑想をしてる間は雑念ばかりで集中できていないことが気になり始めました。

それで、座禅も呼吸の数を数えるということから、呼吸法に着目し、瞑想ではなく呼吸法を毎日するようになりました。その呼吸法は第一人者である加藤俊朗先生のものでした。

加藤先生に興味を持ったのは詩人の谷川俊太郎さんの先生であること。アーティストを教えているのだから、アートに近いのではと思ったというところと、スピリチュアルすぎるのは、入れないところがあって、加藤先生は方法も見せ方もシンプルだったということがありました。

そして、ひょんなことから加藤先生自身に教わることになり、呼吸法のリーダーズクラスを終了しました。

それで今は、呼吸法を毎日行っているのですが、とてもいい。何がいいかというと、心がスッキリしている。ひらめきが豊かになってきた。アーティストなのでひらめきは豊かだと思っていたのですが、違う方向のひらめき方ができるようになりました。頭の考えではなく、体の考えや、そして、全体の流れが取れるようになってきました。人間本来の能力が、息すなわち呼吸(人間の生活になくてはならないもの)を整えることで、取り戻してくるのだと感じます。

あとは、何かを探しているところ(何を探してるのかがわからなくてそれが何か探している)が呼吸を始める前はあったのですが、今はそういうところは無くなりました。

二ヶ月に一回呼吸を教えることも始めて、アートと同様、呼吸も生活に繰り込まれています。

呼吸法のサイトはこちらです。
http://artki.jimdo.com